広島


〈厳島神社〉

2009.9.21
 朝6時半起床。まず隣の家の人らにトウモロコシを配る。昨日実家によった時に、親父の実家のある北海道より送られてきたものをもらったため。それを近所におすそわけ。
 7時54分、名古屋駅発。久々の新幹線。10時広島着。約2時間で、意外に早い。まずトラムで原爆ドームへ向かう。街の通りと川に面した開けた場所にあった。原爆に関する文章を読むと痛々しく、つらい。ただ、印象的だったのは、建物にスズメが何匹も並んでとまっていて、チュンチュン、チュンチュンと鳴いている光景。壊れてから時間の経った建物と、太陽の光と、鳥。まるでラピュタのよう、と言ったら非難されるかもしれない。が、ここにある自然は、静かで落ち着いて、そして明るく輝いて感じた。


 そのまま歩いてピースセンターへ。慰霊碑の辺りから、ピースセンターを見たときは感動した。手前が広場、ピースセンターのピロティ下にたくさんの人がいて、その向こうで噴水が白いしぶきをあげている。ピースセンターのピロティの造形は、予想以上に美しかった。今までに見たことのない類いのピロティだった。例えば、実際に見ていないが、コルビュジエ設計のユニテのピロティの造形もすごい。が、このピースセンターのピロティは、原爆ドーム、炎、慰霊碑、噴水との一本の軸に共鳴し、ここにしかない場所だ。この神秘的ともいえる雰囲気は、コルビュジエよりも、ルイスカーンに近いかもしれない。

 ピースセンターの展示も見てよかった。今まで、広島長崎の出来事は映像でしか見ていなかった。音声ガイドも借りてまわったが、聴くのがつらかった。美しいと思った展示は、透明アクリルの上に色とりどりの小さな折り鶴が散りばめられているものだった。

 その後、トラムで宮島へ向かう。海の上に鳥居があるので有名な厳島神社へ。フェリーに乗り場前の食堂で遅めの昼食、カキフライ定食。15時半、宮島に到着。やたらと鹿がいて、どの鹿もおじいさんおばあさんの雰囲気。毎日あたたかな瀬戸内海を眺めているからか。が、神社に近づくにつれて、観光客に食べ物をねだる若い鹿たちが増えた。
 引き潮の時刻で、鳥居まわりに水がないのが残念。それでも、厳島神社の壮大なスケール感はよい。山、本殿、鳥居、海へとひとつの軸ができている。また、うるし塗りの手すりで囲まれた舞台もこの軸上にあった。すばらしい。夢があって、好きな建築だ。夕暮れも近づき、太陽の光も赤みがかってきた。神社の朱色が、輝き出す。実はあらかじめ地図を見て海と神社の方角を確認し、この夕日をねらって、この時刻に来た。海の水が着ていないのは残念だが、それはまた明日に来ることにする。
 その後、景色が良いとの噂を聞き、宮島の弥山へロープウェーであがる。大変混んでいて、17時半に山頂へ到着。瀬戸内海の島々を眺望できる。日の暮れる淡い色彩もよく、海の波は時間が止まったように静止していた。
 帰りのロープウェーも大混雑。乗るまでに45分程も待つこととなった。夕暮れ後のこういう時に一人旅は一番キツい。ようやく厳島神社のところに下山したのは、18時半すぎ。もう日は暮れ、鳥居と本殿はライトアップされている。
 しかし、これが絶妙のタイミングだった。実に不思議な体験ができた。
 ちょうど潮が満ち始めており、海上の鳥居の周りにももう海水が来ていた。それでもまだ海水は浅い。薄らと海水が広がっている状態だった。下へ降り、靴を脱いで、海へ入った。夜の海上散歩。今、海にいるのは数人の人だけ。ライトアップされた朱色の鳥居と、本殿の間の海に立ってみる。水面に鳥居が映っている。19時過ぎから少し波も立ってきた。波紋のような滑らかなで波、朱色の光が反射した円弧が、足下を通り過ぎていく。足のくるぶしまでが海水に浸かっていて、海の水の温度は人肌より少し冷たい。海から次第に人数は減っていき、自分一人になった。誰もいない夜の海の上を歩いた。朱色に光る鳥居と神社の間で。夢の世界のような、不思議な体験だった。もし、神様がこの場所に降りてきたら、こうやって海の上を歩きながら遊ぶのかもしれないとさえ思えた。


 広島市内へ戻るため、フェリー乗り場へ。オーストラリアへ留学中の友人より電話があり、フェリーの上で話す。広島の建築士らは、今度紹介してもらおう。トラムに乗り換え、市内へ向かう。栄えていそうな場所で下車。夕食のお好み焼きを食べられそうな場所を探す。ガウディ設計のサグラダファミリア聖堂で彫刻をやっている外尾悦郎が、「はじめて行った見知らぬ土地で、美味い店を探すことが出来る能力は、人生で最も大切だ」というようなことを言っていたことを思い出しながら、うまいお好み焼き店がありそうな方へ、地図は見ずにその場の直感をたよりに向かった。そしたら、午後9時だというのに行列ができているお好み焼き屋を発見。野菜がシャキシャキ、生地はモッチリの食感で、美味だった。冷えたビールがまたうまい。僕は、たまたま運がいいのもあると思うが、外尾さんの言っていた地元のうまい店を探すのが結構得意だ。食事後、ビジネスホテルを見つけ、日記を書いてから就寝。明日は、早朝に起きて、再度宮島へ行こう。


2009.9.22
 朝5時半起床。チェックアウト後、松屋で朝食。6時過ぎのトラムの始発に乗車、うたた寝していたら宮島口に到着。曇天。7時40分発のフェリーで宮島へ渡る。着いてすぐはまだ海水が来ていない。夜の間に満潮になり、また水が引いたようだ。次の満潮が11時43分とのことで、それまでは島の他の寺などを見ることにする。気になった建物をスケッチ。建築家のレムコールハースがいた。いや、ソックリさんなのかもしれないが似ていた。彼は、昨日もこの宮島で見かけ、2日連続で来ている。レムが厳島神社を見学。意外にありえる。
 五重塔を見るところで小雨が降り出す。しかし、このおかげで雰囲気がでた。山が薄くけぶり、見上げると雨がぱらぱら降ってくる。人の多い観光地では、雨が降っていた方が、自然に近くなるように思われた。次第に、海が満ちてきて、厳島神社の雰囲気は変わっていった。

 多宝塔を見て、さらに奥の大聖院へ向かう。人のいない山道だが、静かで安らぐ。世界遺産になった厳島神社は観光客がいすぎだが、こっちまで足を伸ばす人は少ないのだろう。が、ここは行ってよかった。観音の仏像もよかった。庭のきれいな蓮の花を見ていたら、上の方の摩尼殿から太鼓の音とお経が聞こえてきた。行ってみると、ご祈祷の最中だった。同席させてもらう。これがすばらしかった。お経の歌声、リズムよく太鼓を打ち鳴らす音、シャランシャランという金属製の棒の音、鐘の音。見事だった。へたにクラブ・ライブハウスで音楽を聴くよりも、よほどいい。シビレるよ、コレは。その途中で、外が豪雨になったのも、妙に高揚した。その後のお坊さんの説明もよかった。またいつか来たい。
 元は空海の開いたというこの寺院には、チベットのダライラマが来たらしく、チベットの密教もまつられていた。またその記念にチベット密教のマンダラの写しも販売されていた。一枚2万円と高価なもの。これが、金剛界、胎蔵界の2枚ある。これが、非常に美しかった。見れば見るほど、美しい。買おうか。が、あまりに高価なので、10分くらいお土産屋と寺を行ったり来たりしながら、考えた。まあ正確に言うと、買ってもいいのだぞと自分を納得させるための、10分間だった。結局は、2枚とも購入。この後、島根県の出雲方面に行こうと思っていたが、それはまたいつかにすることとして、今回はこれを購入。マンダラやチベットの宗教には、全く知識がないのだが、これを機に少し勉強してみたい。このマンダラの図の中の小さな一つ一つにも意味があり、それを知ることは興味深い。佐藤健のチベット紀行の本も以前買って読んでいなかったから、帰ったら読んでみたい。

 厳島神社の海辺へ戻る。ちょうど、海は満潮だった。海の水が満ちると、別世界となる。昨日から見ていて、潮の満ち引きでの変化が見事。鳥居まで歩けると思ったら、次に見た時には、そこが海になっているのである。刻々と変化していし、また、昨日は、夜も体験できたのもよかった。一つの建築が、一日のうちにここまで移ろうのは、ここでしか見られないかもしれない。

 一つだけ提案するなら、神社の建物内での観光客の写真撮影は禁止したらどうだろう。テーマパークの雰囲気になっていて、自然の風が吹きぬける感じが薄らいでいた。
 その後、宝物館近くの店で昼食。あなご飯。食後、厳島神社の辺りはもう陸地になっていた。まだ湿った土の上には、カニがたくさんいた。本当に自然の上に建っている建築らしい。これも、ピロティか。

 フェリーで宮島口、トラムで広島市内へ。15時半、村野藤吾設計の平和記念聖堂へ。塔が予想以上に高い。天にのびているようだった。形は教会のプランニングだが装飾は落ち着いていて好印象。僕の予想では、この職人によるレンガ積みのコンセプトは、カンボジアの石山修武設計のひろしまハウスにつながっていると思う。内部は、天井が高く、上部のステンドグラスが小さく採られて、暗め。曇天の影響もある。一時間ほどいたが、長くいるほど、よく見えてきた。単純な造形の、闇と光。教会にはほとんど人がいなかったが、そのおかげで静かに滞在できた。人々が祈るための、宗教建築をつくることは、建築家という職能のできる素晴らしいことだと思えた。
 教会のステンドグラスが、可動式で開けられていた。これは閉じた方が内部の空間の密度は濃くなるだろう。教会には、外の音や景色はない方がよいと思われた。一方で日本の建築は開けていて風が吹いている方が、神様がいそうな気がする。教会には、椅子があり、ここにじっと座っている時間がよいので、あまり開けていては、神聖な雰囲気が逃げてしまう。
 教会の窓が可動式なのは、ガウディのコロニアグエル教会のステンドグラスもそうだった。そういえば、グエル教会の窓の形は、この教会の正面の窓にも通じるな。ランダムなレンガ積みの外観も、グエル教会のランダムなレンガと石の外観と共通している。
 その後、広島駅へ戻る。元々、明日も旅行を続ける予定だったが、今回はここまでとしよう。出雲方面へはまた時期が来たら行きたい。新幹線のチケットを購入し、駅近くで夕食。19時15分発、名古屋へ。22時半、帰宅。